台本を?

皿洗いに向かう行きの地下鉄の中でのこと。
隣りに偶然座った男性が鞄の中から徐に書類を取り出した。
その書類には五線譜が書かれてあり、音符が踊っていた。
さらにその後から取り出した書類には小さな文字で
上下二段に分かれて台詞が書き込んであった。
覗いてはいけないと思いながらも横目でチラチラと見た。
一体どんな作品なんだろうか?
歴史上の人物が何やら台詞を言っている。
気になる、、、。
しかしそれ以上、見ることは止めて寝込んだふりをして過ごした。
 かと思うと、、、20時代に乗った名城線での出来事だが。
車両に乗って暫くしたらブツブツと言う声が聞こえてきた。
声の主を捜してみると、イスに座った女性が正面を向き、
たまに手に持っている紙に目を落としながら一人でしゃべっている。
小生はすぐに「科白」を言っている事に気がついた。
その女性の真向かいには誰も座っていなかった。
従って窓ガラスには自分の顔がくっきりと映るはず。
その映る顔を見ながら女性はドンドン集中し始めて
自分の世界に入っている。
やはり何の作品なんだろうか?
と思い、こちらも地下鉄の音にかき消されながらも注意深く
女性の声を聞いていた。が、さっぱりわからない。
地下鉄は栄に着いたのだが、ドアが開くと同時にその女性はホームへと
飛び出して消えてしまった。きっと稽古に遅刻していたのだろう。
 少なからずとも他にも芝居をしている人がいることには間違いない(笑)
 その昔、一宮に住んでいるとき、小生は名鉄の車両の中で台本を
よく開いて読んでいた。
 昔の名鉄パノラマカーは座り心地がよく、時として個室状態に
なる作り方がしてあった。
 小生は車両の一番後ろの隅っこの座席をよく押さえた。
 個室状態になり、人の目があったとしても誰にも邪魔をされずに
台本が読めた。
 そう言えば稽古に行くために高蔵寺駅に降りた時のことだ。
やはりこの時も電車の中で、若い男性二人が芝居の話をしていた。
同じ劇団なんだろうと思う。
高蔵寺の駅に降りた瞬間に「科白合わせをしよう」とホームのベンチに
腰掛け台本を開き始めた。
小生はコッソリとその姿を遠くから見ていた。
微笑ましい光景だった。
でもだからと言って上手くはならない。
そのへんがジレンマになる。


 話は元に戻るが。
 横で台本を開く男性がいて、
 その横で寝込んだふりをした小生は
 いそいそと皿洗いに向かう。



 世の中のそれぞれの人間の人生が交差する瞬間であった。